ハルキウの空気はひんやりしていた。ミサイルアラートのアプリを開く。夜中はずっとアラートが出ていたようだが、早朝6時には特に出ていなく、土曜日なのもあってとても静かな街という印象だった。


この街が静かに感じるのは土曜日だから、というよりも他の街に避難していることで人口がそもそも減っているという理由が大きい。
駅前を少し歩いてみても若い人の姿はほとんど見られず、現実的に考えて避難が叶わないおじいさん・おばあさんが多かった。私と予行列車のコンパートメントを共有したおばあさんもその一人だろう。キーウで買ったであろうたくさんのものと共に、列車を降りていった。
駅前から少し右を向いて歩いたところにトラム乗り場がある。奥に見えるのはウクライナの他の街でも営業しているマクドナルド。しかしハルキウのマクドナルドは全ての店舗で臨時休業となっていた。
ハルキウの他にもザポリージャ、ミコライウ、ヘルソンなどロシア支配地域に近い街のマクドナルドは営業をやめてしまっている。マクドナルドの他にもKFCなど、主要チェーン店はほとんどやっておらず、営業しているのは個人や小さい規模で経営が行われているレストラン、カフェ、ファストフードのみだった。
近くにいた警察官にトラムはクレカで乗ることができるかどうかを聞いてみた。すると「無料で乗れる」という答えが返ってきた。戦争が始まって以来、トラムやメトロは無料で乗れるようになっているとのことだった。私が待っていた12番のトラムがやってきたので乗ってみる。車内で何かをタッチしたり、お金を払っている光景はなく、皆が扉が開くと同時に自分の席を確保し、スマホに目を向けていた。


(トラムは15分間隔くらいで運行をしている)
12番のトラムに乗って15分ほど。最初の目的地のFreedom Square(Площа Свободи)に到着した。この広場には旧ハルキウ州庁舎が面している。
この州庁舎は2022年、ロシア軍によってミサイルが撃ち込まれた場所である。
現在のFreedom Squareは驚くほど静かで、車が何台か停まっているだけだった。州庁舎の前には花がたくさん手向けられており、亡くなった方の写真が置かれていた。
広場には実際に撃ち込まれたミサイルの残骸がモニュメントのように飾られている。また、ロシアが戦争を開始してからの日数が書かれたボードがあり、誰かが毎日更新しているのだということが分かった。
下の写真を撮影しているとサイレンがなった。キーウでも何日か前に聞いたことがあるサイレンだったが、何度聞いてもあまり慣れるものではない。日本の国民保護サイレンと救急車のサイレンの中間のような音である。
「ハルキウはロシアの近くだからミサイルが飛来してくるまでに時間がない。だから危ないよ」というのはウクライナ人の友達の言葉。かといってこの場所で何かをするわけでもなく、ミサイルの残骸を前にタバコに火をつけた。
しばらくその辺を歩いていると犬の散歩をしているおじさんが前を通り過ぎた。また、そのおじさんを抜かすようにジョギングをしている若い男の人もいた。今はサイレンがなっている、しかしそれを全く気に留めることもなく、歩き(もしくは走り)続けていた。戦争開始からもう3年以上が経過している。ハルキウは東部でも激戦地の一つ。市街地のすぐ近くまでロシア軍が支配をしていた時期もあった。
わずか数時間しかいない私が3,4回もサイレンの音を聞くことになったが、彼らにとってみればもはやこれは日常でこれまでにも何十回、何百回と聞いてきた音なのだろう。仮に頭上にミサイルが降ってきたらそれはそれでしょうがない、それも運命なのだという感じがした。



独立広場を後にし、次に向かったのは聖母マリア修道院という場所。パステルカラーに近い青色で塗装された、とても可愛らしい外見の建物である。
教会に入るのにお金はかからなかったため、蝋燭を立てようと思い受付のおばさんに話しかける。8フリブニャと言われたがクレカ払いはダメと言われてしまったが、現金がないのを見かねてか蝋燭をタダでくれた。


近くのカフェでコーヒーを飲んだあと訪れたのは受胎告知教会に行った。
赤とクリーム色の縞模様の鐘楼が特徴の教会である。中に入るとドームに埋め込まれているガラスから入ってくる光がとても幻想的で、しばらく呆然と上のほうを眺めていた。
土曜日ということもありお祈りで来ている人がたくさんいらっしゃった。


教会内には至る所に花がさしてある花瓶が置かれていた。たまたま花の手入れをしているおばさんがいたので、「とても綺麗ですね、ありがとうございます」という旨を伝えてみるととても喜んでいらっしゃった。

教会を出た後は近くをフラフラと歩いてみたり、公園で読書をしたりと帰りの電車までの時間を潰した。読書をしている最中も突然サイレンがなったタイミングがあったが、友達と手を繋いで歩いている女子大学生、ピクニックをしている家族連れなどを目の前にすると、サイレンがどうでも良くなってしまった。またタバコに火をつけ、ぼーっと空のほうを眺める。雲ひとつない快晴だ。暗く、どんよりとした冬のウクライナのイメージとは180度異なる天気。戦争が始まって以来、3回目となる夏がもうすぐやってくる。
サイレンがなく、もっと活気に溢れるハルキウの街に早く戻りますように。
